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東京高等裁判所 平成9年(ラ)2110号 決定 1998年4月06日

抗告人 横木紀元

相手方 榊実加

事件本人 榊仁志

主文

1  原審判を取り消す。

2  相手方の本件申立てを却下する。

理由

第1抗告の趣旨及び理由

本件抗告の趣旨は、「原審判を取り消し、本件を東京家庭裁判所に差し戻す。」との裁判を求めるものであり、その理由は、第1に、相手方は、昭和60年11月22日に抗告人との間で成立した調停において、養育費についての合意をした上、そのほかには何らの金銭上の請求をしない旨合意したのであるから、抗告人に対する金銭請求権を失った、第2に、仮に金銭請求権があるとしても、その額の算定に当たっては、同調停に基づいて抗告人が支払った養育費を相手方が短期間のうちに消費してしまった点を考慮すべきである、第3に、原審判は、事件本人が成人に達したのちまで養育費の支払を命じた点で誤っている、第4に、原審判後に抗告人の勤務先の○○証券株式会社は廃業を決定し、抗告人が多額のローンをかかえていることからすると、抗告人が原審判の定めた金員を支払うことは不可能である、というものである。

第2相手方の本件申立ての趣旨及び申立ての実情

相手方の本件申立ての趣旨及び申立ての実情については、原審判2丁表2行目から同丁裏2行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。

第3当裁判所の判断

1  事実関係

一件記録によると、次の事実が認められる。

(1)  抗告人と相手方は、昭和51年5月26日に婚姻し、昭和54年8月28日に事件本人をもうけたが、昭和60年11月22日に調停離婚(東京家庭裁判所昭和60年(家イ)第××××号婚姻費用の分担調停申立事件)した。

(2)  抗告人と相手方は、調停離婚に際し、事件本人の親権者を相手方と定め、抗告人は相手方に対し、事件本人が成年に達するまでの養育費として1000万円、離婚に伴う財産分与・慰謝料として3000万円を支払うこと、事件本人については相手方において責任をもって養育すること、当事者双方は同調停をもって離婚に関する一切を解決したものとして、将来相互に名義のいかんを問わず何ら金銭上の請求をしない旨合意し、抗告人は各金員の支払いを完了した。

(3)  抗告人は、○○大学を卒業して○○証券に勤務しているものであるが、離婚後、相手方の希望に従い事件本人とは一切交渉をもたず、その養育について意見を述べたこともなく、昭和62年10月に再婚した。

一方、相手方は、○△大学英文料を卒業しており、離婚後は昭和61年4月から翌62年3月までと昭和63年2月から8月まで秘書として稼働したものの心身の状況が思わしくないことから就労状態が安定せず、平成元年9月頃からは家業の古美術商を手伝い、両親の協力を得ながら事件本人の監護に当たった。

事件本人は、両親の離婚当時幼稚園児であったが、その翌年4月に私立甲小学校に、平成4年4月に私立乙中学校に、平成7年4月に同丙高等学校にそれぞれ入学し、平成10年3月に同校を卒業した。

(4)  相手方は、離婚後抗告人と交渉をもつことはなかったが、家業は不振続きであった上に平成6年6月に父親が死亡して家業からの収入がなくなり、調停によって抗告人から支払われた金員もほとんどなくなったことから、平成7年2月14日に子の監護に関する処分(養育費)調停申立事件(東京家庭裁判所平成7年(家イ)第×××号)を申立て、平成7年4月以降の養育費を求めた。しかし、相手方は、調停委員が公正を欠くとして、平成7年8月4日、調停を取下げ、即日本件調停申立事件を申し立てた。

相手方は、原審に提出した資料を基に事件本人が中学校を卒業するまでに養育費の1000万円を使い切った旨説明し、財産分与・慰藉料の3000万円も父親の事業につぎ込んで消費した旨主張した。相手方は本件申立後も稼動しない状態であったが、事件本人を私立高校に通学させ、大学に進学させることを予定して、事件本人の高校及び大学の費用を抗告人に請求した。

一方、抗告人は、事件本人が成人に達するまでの養育費は抗告人が支払った1000万円と相手方の支出によって賄われるべきであり、抗告人に対して新たに養育費を求めるべきではない旨主張した。

本件は、平成7年11月20日に調停不成立となり、平成9年10月3日に原審判が出された。

2  本件養育費請求の可否

本件当事者間においては、既に調停によって抗告人が負担すべき養育費の額が合意されて抗告人はその金額を支払済みであり、調停によって定められたもの以外には何らの金銭請求もしない旨の合意が成立している。しかし、民法880条は、協議又は審判で扶養の程度や方法を定めた後に事情の変更が生じた場合には、先にされた協議又は審判を変更することができる旨規定しているのであるから、前記調停の成立後に、調停時には予見できなかった事情の変更が生じたことにより、調停で定めた養育費の額が事件本人の生活の実情に適さなくなり、新たに養育費を定めるべき相当な事情が生じた場合には、相手方から抗告人に対する養育費の請求が許されることとなる。

そこで、このような事情の変更が生じているか否かを検討するに、相手方は事件本人が中学校を卒業するまでに抗告人から養育費として支払を受けた1000万円を使い切ったと主張するが、その大半は私立学校の授業料と学習塾の費用であるところ、離婚調停における前記合意よりすれば、相手方は受領した養育費を計画的に使用して、養育に当たるべき義務があるものと解すべきであり、相手方において、事件本人を公立の小中学校に通学させ、学習塾の費用を節約すれば、抗告人から支払を受けた1000万円の大半は使用せずにすみ、事件本人に高等教育を受けさせる費用として使用することが可能であったと考えられるのに、小学校から私立学校に通わせると共に学習塾にも行かせたものである。相手方は抗告人が小学校から一貫して私立学校での教育を受けていることから、事件本人にも私立学校での教育を受けさせるのが相当であると主張するが、前記認定のとおり、当事者間において相手方がその責任において事件本人の養育に当たる旨の合意が成立しているのであり、抗告人は事件本人の養育の方法について具体的な希望を述べた形跡はないのであるから、事件本人の養育方法については、相手方の資力の範囲内で行うべきで、これと無関係に私立学校に通学させるべきものとは認められない。また、私立学校の授業料や学習塾の費用がある時期から急激に高騰したといった事情は認められないから、相手方としては、事件本人を私立学校と学習塾に通わせた場合には、高等教育を受ける以前に抗告人から支払われた養育費を使い尽くすことは当初から容易に予測可能であったと認められるのであり、これを補うためには、相手方自ら稼働して養育費を捻出するか父親からの援助を得ることが必要であったと考えられるが、相手方は離婚後就労状況が安定していないし、家業は父親の存命中から不振続きであったから、これらによって養育費を補填することは当初からあまり期待できない状況にあったと認められる。

以上の事実によれば、前記の調停成立後にその内容を変更すべき事情の変更が生じたとは認めることはできず、事件本人が、既に就労可能な年齢に達していることを併せて考慮すれば、相手方の本件養育費請求は理由がない。

3  よって、相手方の本件申立てを認容した原審判は不相当であるから、これを取り消した上、相手方の本件申立てを却下すべきものとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 町田顯 裁判官 末永進 藤山雅行)

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